• いやコインとは違って人生は自分次第で結果を変えるできる、と言いたくなるかもしれないけど、その結果が妥当になってしまうだけの労力や対価をはらってしまったらその時点でその結果は表と裏同数と同じで価値を失うことになる。
  • それが正しいとしたら色んなことが言える。まず、努力することに意味があるは間違ってる。努力の先に幸運があった時だけ驚きと喜びになるわけで、その人が幸せになれたのは努力したからじゃなく、その幸運の差分があるからということになる。逆に目標以上の努力を払ってしまえば達成しても不幸に感じるかもしれない
    • 2021-01-14 02:49
  • 次に、こういう生活が幸せである、という断定もできない。例えば普通が1番幸せ、という妙に説得力のある言葉があるけど、ある程度経験を経て結局平均以下の結果になって平凡さえラッキーに思えてきた人にだけこの言葉は当てはまるんだと思う。(でも平均未満=半数近くの人に当てはまるんだからこの言葉はあなどれない)
    • 2021-01-14 02:51
  • あと努力のことと似てるけど、ポジティブが幸せになってネガティブが不幸になるともいえない。ポジティブは行動を促すけど、行動を上回る結果が出ないと結局幸せとはいかない。逆にネガティブに何もしてなくてもいいことがあったらその差分はより大きくなるからネガティブに生きてた方が幸せになるケースもあるはず。
    • 2021-01-14 02:52
  • 世の中にはたくさんの幸せそうな恵まれてそうな人がたくさんいるけど、こう考えると必ずしも幸せを感じているとはいえないことがわかる。美人で幸せな人はその容姿の価値の上でラッキーといえる状態にいる人だけ。幸せな成功者はまだ足りてないはずの努力に結果がついてきている人だけ。
    • 2021-01-14 02:52
  • ということで幸せな人生があるしたら、コインの裏表の数が死ぬ瞬間までどちらかに傾き続けた人だけ、ということになる。そんな人はたぶんいない。でも勝ったり負けたり同数になったり、なんだかんだ勝ってる時間の方が長い人はいると思う。
    • 2021-01-14 02:53
  • でも何度もいうけどその人がコントロールできる範囲ではその人は幸せになれず、ただの運が作る差分に幸せがあるから、結局運ゲーになる。
    • 2021-01-14 02:53
  • 行動するほどラッキーに巡り合うようにこの世ができてることはあるだろうか?と考えると、やっぱり機会を増やしても1/2に思える。成功確率の高い行動をして成功したとしても、それはやはり妥当だからその結果で幸せになれるわけではない。
    • 2021-01-14 02:54
  • 究極、確実に定期的に幸運に巡り会える生き方というのが発見されても、定式化された時点で結果が妥当になるので幸運ではなくなるという矛盾。やっぱり運ゲーにしかならない。
    • 2021-01-14 02:54
  • となると人生は空虚ってことになる。何を今更って話になった。でもどこまでも運ゲーなら、自分の今、それか過去で見過ごしていた運の良い事実をドライに、意識的に探すことが幸せを得る手っ取り早い方法なのかもしれない。
    • 2021-01-14 02:54
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