自分の価値は自分が決める…なんで!?

つぶやきで済まそうと思ったのですが、疑念解消の糸口も見つからないので相談させてください

自身の生き方や自己評価について、知人の福祉士の方に相談したところ、上記のような意見をあてられました。

世間では商品の価値は顧客が決めます。顧客の需要に応じて値段が設定されます
音楽や絵画の価値はオーディエンスが感動したかどうかで決まります。聴衆が共感することで価値が設定されます
サービスの価値はそのサービスを利用する人が満足したかどうかで価値が決まります。

同じように、自分の価値は周囲の人や社会、組織にどれだけ貢献できるかで決まるのではないでしょうか?

個人は社会と連携して生きています。自分ひとりで世界が完結するわけではありません
助けてくれた人、手を差し伸べてくれた人、利益を与えてくれる人
そういう周囲の人たちに感謝して生きることが望ましいのだと言われます
そのような人たちが、私にとってありがたく、価値があるのだろうと考えます
※逆説的に、見ず知らずのどこかの誰かには(少なくとも私にとって)価値はありませんし、その見ず知らずの方は、彼(彼女)が生活する共同体での価値で価値を測定されるのではないかと思っています。

そうであるのならば、社会に貢献できず、自己の所属する組織に貢献できず、周囲の人に貢献できず
誰からも、どこからも求められない私には価値がないのではないか。と結論づけられます

しかし、この結論を出すと、先述の方だけではなく、おおむね誰からも否定されることになります

また、モノやサービスと人間は違う。という反証について、本体をとりまく環境に影響を与え、求められるる個体。という観点では同一に扱ってもいいのではないか。と思います。

自己肯定感の育成には自分で自分を納得させる必要があるという趣旨であっても、自身を納得させる尺度は周囲に求められるのではないでしょうか。
尺度のない自己肯定は傲慢でしかないと思います。
努力は結果が伴わなければただの自己満足でしかない。とも言えます。

さらに、先述の相談の際、このような考え方は問題がある。とも指摘されました。
一面の知識としては理解できますが、上記のとおり納得ができないため問題の解消には至れませんでした
このような価値観で生活しているので、周囲に認められ、必要とされないことは苦痛になっています。
ギャップが埋まらないことが自傷、ODに繋がっている。という認識があるので、解決または考えを改めたい。とは思います。

そこで
①他人に自身の価値を決めてもらうことの是非(尺度としての活用を含む)について
②上記見解に対する意見、批判、訂正点について。また上記見解は異常なのかということについて
③見解の改正に関するご意見

を賜れれば。と思います