不安を吐き出す場がないので投稿させてください。

私はシングルマザー歴10年、成人を過ぎて就労している長男、高3の娘、中3の次男の4人で生活しています。
私自身、毒親(ネグレクト)で育ち、実家に居場所がなく16歳から自力で生活をしてきて、綱渡りのように生きてきたように思います。
その過程に結婚、出産、子育てと経験してきたのですが、娘が先天性重度障害児だったため、ただでさえ温かな母親像を知らない育児の葛藤の中で、在宅介護を余儀なく踏ん張ってきました。
婚姻期間は13年、元夫が娘の福祉に完全にノータッチ、息子たちとも父子関係を築いていけないことに息詰まり、この状態で一生介護なんて続けていけないと、私から離婚を申し出ました。

離婚後、福祉制度を利用、ヘルパーさんに入ってもらう数時間、パート勤務で生計をはかりました。
収入は現在も国から娘への手当、私の収入、元夫からの養育費です。
元夫には息子たちには離婚後も会って父親であってほしいと願いましたが、わずかな連絡も1年も持たず、当時幼かった次男は父親の顔すら覚えていないと言います。
未だに養育費が続いていることには感謝していますが、と同時に障害者の娘、息子2人を、今も確実に捨て続けている、という本人からの毎月の冷淡な証しのようにも感じ複雑な気持ちです。息子たちの前で元夫の悪口を言ったことはありません。
しかし成長過程の中で、おそらく父親に見捨てられた等、息子たちも私に吐けない想いで綱渡りだったと思います。信頼できる身近な大人の男性を知らずに育つというのは、とても人格形成に偏りをつくります。現に2人とも社会性に欠け、長男は高卒で働くも、短期間で転職を繰り返していて私との関係も悪いです。

関係の悪さの理由は間違いなく私にあります。

長男が私学の専科高校時代、莫大な学費がかかり、私は収入のために夜職に飛び込みました。息子たちへは言ってませんが、いわゆる性産業です。
奨学金返済などで将来の息子に借金を背負わせたくない一心でした。
その前後私はかなりメンタルで病んでおり、男性依存に陥って、多感期だった長男の拠り所になるどころか、父親に捨てられたあげく母親不信にまでなったのだと思います。
ですが性産業には深く浸からず早く脱却できました。以前から趣味友達だった男性のおかげでした。生活費は俺が何とかするから、ちゃんと社会で繋がりを持て!と、長期にわたる説得に、この人を信じて夜職から足を洗おうと決断しました。
それから5年ほど彼宅と自宅の家事、娘の介護、わずかなパート就労という目が回りそうな日々を過ごしました。
しかし、私は彼を我が子3人に無理に近付けようとはせず、望まず、彼のことは信頼できるひとりの男性として面識を持たせた程度で、息子たちを傷付けずに将来を考えていける道を模索していくようになりました。
しかし、私の中にどこかで、この人に障害児(福祉)を共有してもらうなんてできないという苦しみ、諦め、恐怖、二重生活の疲労蓄積から、彼に何度も、私などやめて、何も重たい事情を抱えてない女性を選んで、などと吐くようになり、心は擦り切れていきました。彼も葛藤していたと思います。

こんな私を5年も支えてくれていた間、息子たちも私を通して彼の存在が揺るぎなく存在していることで、その間は生活と精神、落ち着いていたように思います。
しかし結果として彼との関係は砕け、私は再びただのシングルマザーに。
破局の原因はひと言では言えません、2人で苦しんだ末の決断でした。
母親があの人に捨てられた、などと息子たちに思われたくありませんから適当に事情を付けて装いました。

泣く暇ありません。収入を上げるために転職に挑むも年齢でかなり難航しました。母の不安定さを察知するかのように長男がぐらつき出したのもこの頃からです。
未だ親都合の劣悪家庭環境、未だ道を示せない弱い母親のせいで、生きづらさを更に傷つけてしまい、息子たちへ詫びきれません。
こんな母親から早く離れるためにも、社会人として自立してほしいですが、本人もそのつもりでしょうが、今長男がもがき苦しんでいるのがよくわかります。
社交性に乏しく人を信頼できず、社会不適合にしてしまったのは間違いなく私のせいです。

こんな毒親こそ捨てていいんです。息子たちには親にも福祉にも縛られず、自分の人生を謳歌してほしい、いつもそう願ってきました。
私は老いて、もう何かに依存する気力もありません。やっと採用してもらった今の仕事で何とか次男も社会に出さなければ、と、責任だけで精一杯。最終的には私ひとりで娘の一生を看ていくつもりです。

失って失って、残るは責任だけになりました。責任とは、今後もずっと前向きに生きていくモチベーションになるんでしょうか。
娘を支えくれてる方々への感謝も常に忘れませんが、立場上胸の内を開けません。誰にも深い話はしませんから友達もいません。同情されるのが一番しんどいし、一般家庭論、育児話を聞くのも辛い。

母も孤児、息子たちも孤児のような、会話も暖かさも笑いもない苦しい家です。
居心地悪くこの連休長男はわざわざネカフェに行ってます。

せめて息子たちに日が差しますようにと、そればかりです。

苦しくてここに来ました。稚列な長文で大変失礼しました。