昔は少なくても自分のやるべきことがちゃんと理解して毎日それを完璧にすべくがんばってきた。
海外にやってきた20年前でさえも夢と希望があった。
でもその20年。むやみに時の流れを見つめていただけ。

小さいころからお前はだめだ!とコントロールされてこちらに来てアジア人であることを馬鹿にされて
引っ込み思案や引きこもりといった負の連鎖が表に出るようになった。

娘とでさえも生まれ育った環境から話が食い違う。おまけにこちらの人はアジア人の訛りを聞きなれていないせいで「あなたの言っていることがわからないからわかる人を連れてきて。(もしくは変わってもらって)」という。違う言葉になったけれど小さいころからのお前はだめだ!が大人になっても続いている感じ。

当然のことながら自分に自信などまったくない。
自分は自分なのだから他の人と違っていたってそれが正しいというのはわかる。
ネットで知り合った好きな人も私のことは興味がないことも知っている。でも思うだけだっていいじゃないかと自分があきらめないうちは失恋じゃないんだと言い聞かせている。

仕事も怪我でやめて執筆する毎日。嫌いになりつつある国なのにその国の支援を100%うけて生活している。思っていることと生活していることが大きく開きがある。自分の気持ちに一貫性がない。

最近では自分の携帯に登録してある人の電話しか受け取らない。人と話をしたくないから買い物もセルフレジで済ます。
今は娘と一緒に住んでいるけれど一人のほうが気楽だと思うし、何日も誰とも話をしなくてもまったく平気。

でも人の話し声が聞こえてくるとそれが関係ないことでも自分の悪口を言っているのではないか、馬鹿にされているのではないかといつでもかんぐる。

娘を置いて日本に帰国することを選んだけれど、それは死に場所が今住んでいるところではないから帰るのであって日本に心から帰りたいと願っているわけではない。

自殺が出来ないからただお迎えを待っているだけ。悪いところがあっても医者には行かないほど医者の裏切りに嫌気がさした。人間は生まれてきたときは一人なのだから死ぬときだって一人であるはずだし、ひっそりといなくなったほうがいい。

私の年齢では正社員はおろか、パートやアルバイトだって雇ってくれるかどうか。

財産はこちらで売る家の金額のみ。貧困はこちらで経験済みだからやりとおせる自信はある。

新しい人生が待っているとこちらの人は言うけれど新しい人生はそんなに明るく楽しそうな人生じゃない。

文章を書いているくせにあっちこっち飛んでごめんなさい。
返事できなかったらそれでもかまわないです。長年壁に向かって話をしている経験しかありませんから。