私は、たぶん、人間不信です。たぶん…
小学校一年生と二年生の冬まで虐待されてました。当時の義兄は殴ったり蹴ったり、暴言を吐いたり、ベランダに通ずる大きな窓で私の手を思い切り挟んだり、耐え難い苦痛をよく耐えてたなと今の自分でも思います。
毎日泣いていたと思います。
幼い頃ですから、虐待なんて言葉も知りませんし、自分が置かれている状況が異常だなんて思いもしていませんでした。今でこそ、あれは虐待だったと認識できます。

義母は、実父と結婚後優しかったのが鬼となり、私をしつけとして、真冬でも外で夕飯を食べさせたりしていました。理由は、私がテレビを見ながら長い時間かけてご飯を食べるからだそうです。 毛布一枚も何も貰えず、寒い思いしながら冷えたご飯を1人でよく食べました。すぐ後ろにあるリビングでは、実父、義母、義兄、実兄が仲よさそうにご飯を食べているのを寂しく思いながら食べていました。
トイレに行かせてと頼んでも行かせてもらえず、仕方なくベランダで、した事もあります。その時、後ろでは義兄がニヤニヤしながら私を眺めていました。非常に屈辱的な出来事でした。
義母からしたら、私の義兄は実の息子で、私が何度辞めさせてと言っても、私のことが嫌いなようで軽くあしらわれていました。
買い物行った時の荷物持ちも大抵が私。家族の中で常に底辺の扱いを受けていました。

実兄は、泣き止まない私を見て、時々…本当に時々、私をかばってくれる時もありました。実父は見て見ぬ振りなのに。
私が実父に惨状を伝えても、お前が悪いんだろの一言で終わりです。私には味方がいませんでした。実兄だけが、頼りでした。

月に一度、実母とは実兄と共に会ってはいましたが、その時は本当に幸せそのものでした。
でも、帰れば地獄の日々が始まります。それが余計義母には反感を買ったのかもしれません。

そんな毎日を過ごす中、私がその家族を離れて実母に引き取られる決定的な出来事がありました。義兄が、私の首を絞めたのです。兄弟間の虐待はエスカレートして、私は本当に殺されると思いました。苦しい、やめて、と言ってもやめてくれず…実兄は怖がってそれをみてました。
すると、義兄が、見ている実兄に、お前もやれよと促したところ、実兄は何を考えたか、私の首を絞めました。私はその時、もう何もかも失いました。最後の砦であった実兄に裏切られ、私は生きている意味がなくなりました。実兄にさえ、迷惑がられた。いらない存在だって思われた。必要とされていない。

しかし、まあ、私はその後も今まで通り生活して、次に実母に会った時に、首を絞められたんだということを笑いながら言いました。それが人を殺す行為だと世間的に非難を浴びるほどの行為だと知りませんでしたから。
その時の実母は、非常に真剣に実兄を怒っていました。それをきっかけに、実母は家裁へ行き、私と実兄は実母に引き取られることになりました。

実母に引き取られた後も色々とありましたが…なんとか生きています。私の家族は、機能不全家族だったと思っています。今はもう何とも思いませんが、当時実母に引き取られた後も、こちらはこちらでギャンブル依存、アルコール依存、タバコ依存の家庭でしたので、幸せがありつつも、問題は山ほどありました。
実母は言い方が非常にキツかったので、精神的虐待を受けていると中学生の頃はよく思ったものです。
親の喧嘩の仲裁も徹夜でさせられますしね。

これらの経験が災いしてか、私は異常なほどに怒りという、感情に恐怖を抱いています。
他人が他人に怒っていても、私が誰かに怒りを感じても、怖いのです。怒鳴り声なんてもってのほかで、聞いた時には心臓がバクバクして泣きたくなります。なるべく、平静を装ってますが内心泣いてます。

また、誰かに頼るというのも難しいことです。
親友を信用しているかしていないかと聞かれたら、どうでしょう…うまく答えられません。
この世には、私のことを本当に知る人間は居ないと思っています。もう、理解してくれることを諦めてもいます。誰にも理解できないと思っているので…。
それでいいやと思いながらも、そんな生き方は辛いです。

誰にも頼れない。軽々しく相談もできない。
私を信じてという人間ほど信用できない。
人を信じるメリットもないようにさえ思えます。

でも、そんな生き方が辛く苦しいです。