初めて、相談したいと思います。いままでと言っても過言ではないのでかなり長い文章ですが聞き流しても構わないので軽く読んで欲しいです。

私は中学を卒業してから高校へは行かず家に篭っています。高校には来年、つまり今年が終わり次第行くことになっていますが、私は行くつもりはありません。

親に、姉弟達には適当に誤魔化していますが、理由はこの世に居る気がないからです。

私の世界は既に無くなり、この世界に私の世界は無いからです。

急な転校で大好きだった町から出て大事な友達に何の挨拶も無く、大切な恋人とは会話さえも出来ずに無念のまま、父が居る別の土地へ移ることになりました。

その結果私は、私自身の心を知り、悲しみを知り、憎しみを知り、怒りを知り、虚しさを知り、一人で生きていけないことを知りました。

私の中2までの出来事はかけがえのない宝物で、私にとっての唯一無二の拠り所でした。過去にすがろうが、前を向けないだろうが、私にとっての世界でした。

それを親の都合で唐突に引き剥がされ、粉々にされ、手の届かない場所へとされた私の気持ちが家族に分かる筈が無く、理解されることも無く、ただただ諦めと静かな憎しみが募るだけでした。

転校先はまさに前の中学とは大違いで、礼儀がなっておらず、馴れ馴れしい最悪の場所でした。

部活は厳しく、上下関係があり、あの楽しくて笑えあえる前の部活とは程遠く、私には居れる場所ではありませんでした。

大好きだった国語は訳が分からなくなり、音楽は2度と聞きたくなくなった程大嫌いになりました。

前の学校で最後の修学旅行と楽しみにしていた予定先も、此処では明らかに馬鹿にしているのかと思えるほどの幼稚な場所を選ばれ、最後の帰る新幹線での飴を口から吹き飛ばす汚いおおよそ中学生がやるべきことではない行為を頭の上に乗せられ、笑われ、私はその日以降学校へは行かなくなりました。

親には学校へ行っていると嘘を吐き、見つけた公園で昼までぼんやり空を眺めていました。

どうせ根倉だとかキモいだとか思っているだろうけど、私は友情と言うものをやっと今頃理解し、たった1年で何を学べば良いのか疑問ばかりでした。

当然家に連絡が来てバレましたが、私は私の嘘を突き通し続けました。

嘘つき呼ばわり、別に悲しくない訳じゃないですが、それより私の事を理解されなかった事が悲しくて、何故だ何故だと毎晩の様に誰にも気付かれずに泣き続けました。

三学期の春、一人の同じクラスの子が亡くなりました。自殺だったそうです。私には羨ましく思いました。

死ぬ勇気もなく、努力もしない自分とは違い、自殺という強い想いを持ち、恐れを殺し、感動するほどに私には輝くように見えました。悲しいとは思いませんでした。

誰か分からなかったし、他人だと割り切っていたので。他のクラスメートは随分悲しそうにしていたみたいでした。

それが演技か本当などと私が言える立場ではちっともなく、少しだけ疎外感を感じて寂しく思いました。

前の友達とは連絡手段が無く、誰か来ないのか、自分の元に来てくれないのかと夢物語を想い続けました。

前の学校では私は強がりを演じ、友達を直ぐに見捨てるという事を周りにアピールしていました。

今になって後悔しました。友達といってはきっと皆に失礼だろうと、私の一方的な思いなのだろうと、私は前までの自分を怨みました。

何故そんな自分勝手な事ばかりしたんだ、だから私には話し掛けてこず私が行かないと話してくれなかったんだと、泣いて泣いて謝ることしか出来ませんでした。

助けて欲しいと何度も願いました。1度でいいから私の大切な皆に会わせてと神様に祈りました。

でも神様は見ることしかせず、助けてくれることはしないと知っていたから私は今の自分を憎みました。

受験の日、私は死のうと朝方家を出ました。でも人が多く、死ねませんでした。

やはり私は言うだけの死にたがりのようです。結局家に戻り、適当な物を鞄に詰めて家を出ました。

学校には行こうとしました。今日逃せば高校には行けないからと学校の前まではいきました。

でも恐くなって、どうせ番号など無くしたのだから受けれる筈も、どうせ勉強なんてしてないのだから受かる筈もないと、来た場所を引き返しました。

それから公園に行き、泣きました。弟に1度教えた道を頼りにお母さん達が探してきて、私を見つけました。

泣いてる私を見て、お母さんも泣きました。自分は貴女達とは早くに亡くなる、いつまで一緒に居れるか分からないと泣いていました。

先生もきて、一応受けに行こうと話で高校に行きました。間に合わない間に合わないと願えば、結果間に合わなくて私はほっとしました。それから先生との話し合いがあって帰りました。

そこから家族との関係はもっと悪くなったんだろうと思います。お母さんとお父さんは怒りました。

あれほど先生達の前では優しい親という態度だったのに、とても怒りました。

何故高校に行かなかった、本当勝手な娘だと、怒りました。お母さんに至っては、泣いていたあの時の言葉が全て嘘だったのかと思えるほどに、私を貶しました。

私は絶望的な気持ちでした。泣いて許されることじゃないんだと、泣くなら出ていけと、やっぱり高校行けば良かったじゃないかと、あの時自ら泣いてまで高校行かなくていいんだと言ったお母さんは、嘘だったのかと私は悔しくて騙されたことが悲しくて、やっぱり私は出来損ないなのだとその日の夜もやっぱり泣きました。教えてください。

人の信じかたを、人の呪いかたを、人の愛しかたを。私の全てを無くした家族が大嫌いで、私の世界を壊したこの世界が憎くて、私の勝手な思い込みが身近な人を傷付けていることが恐ろしく怖いんです。

もうすぐで高校に行かなくちゃいけません。

行きたくないんです。勝手な我儘だけど、幼稚な考えだけど、私は、もうとっくに高校生になっているであろう前の友達にこれ以上引き剥がされたくないんです。これからの、一人で生きていく人生が怖くて仕方ないんです。

だからこそ私は逃げ続けることを選びました。逃げて逃げて、笑われようが下に見られようが、私はもう選んだんです。

結局相談したことにはなっていないでしょうが、やはり何かに伝えるということは大事なんでしょうね。

他人が怖くて、家族が怖くて、一人になれば時々自分が自分ではないような、気味の悪く、体がまるで誰かの者のようなそんな吐き気がするほどの気持ちになることがありますが、まぁ普段は自分でも驚くほどいつも通りなので、大した思いはありません。

むしろ人に悩んでいるなど思わせない振りをするのが得意なので気にしたりもしていません。

わざわざこんな長い文章読んで下さり有り難う御座います。今年に他の悩みがない限り来年、この世にいるならまた相談を書いてみたいと思います。

もし、考えがあり仰ってくれるのなら、どうぞ気兼ねなく。その為にこちらに書かせて貰いましたのでお願いします。