はじめまして。
鬱診断はついたことがなかったように思いますが、10年ほどとぎれとぎれに通院して自律神経失調症の診断が出ています。
ただ、一番酷かった頃(外出もままならずほぼ寝ているかただ座っていた頃)は記憶がほぼ無いので診断がついていた可能性はあります。

始まりは中学三年生のおわりに中学校に行くのが辛くなったことからでした。
友人の誕生日のお祝いを土曜日お昼過ぎにすることになり、午前授業のあとに塾があったため参加できないと伝え昼食を取るために他の友人と食堂に行きました。
そこで友人達とすれ違いになり、「誕生日のお祝いは出来ないのに他の友達と食事はするのか」と陰口を言われた事がきっかけだったように思います。
合わせて成績不振も大きな原因だとは思いますが。

そこから、どこかへ続けて通うことがとても苦手になりました。
父親の仕事の関係で引っ越しが多く、自分から距離を置いたりすることがとても苦手だったこともあり、人間関係での悩みが多くなったこともあると思います。
幸い持ち上がり進学した高校時代の担任の先生がとても理解があり、さらに学校が進学校であったこともあってそういった生徒が多く理解がある環境だった為、ぎりぎりの日数出席し課題をすることで単位を貰い卒業できました。
卒業するまでが一番酷く、記憶もほぼない状態で、この間は定期的に通院をしており、薬も飲んでいました。

母の勧めでとりあえず成績がマシな科目のみで進学できる私立大学へと進学するも、「資格を取れるところへ」という欲が出てしまった為にとても忙しい学科に入ってしまいました。
大学の勉強自体は楽しいものの、苦手分野も入ってきたりペースが速くついていけないこともあり、大学に入ってはじめたアルバイトにのめり込みました。
段々と学業が嫌になり、通うことが出来なくなったためにさらにアルバイトへ明け暮れました。
そんな時、母に「どうせ大学に行くのが難しいのなら、一度海外にでも行って正式に休んでみれば良いのでは?」という提案を受け、生活費を稼ぎ海外留学をしました。
帰国し、大学へ通う→通えなくなる→バイト中心の生活になる、のループを繰り返し、結局3度目の2回生で大学を卒業することを諦めました。
大学にいる間はどうしてもしんどくなったら通院という形で、医師による処方で軽いお薬の処方を頂いたりしながら生活していました。

大学を中退してからは、働きお金を貯めて海外へ長期滞在、を2度繰り返しました。
そして、帰国してまた働き始めたところで、どうすればよいのかわからなくなってしまいました。
短期派遣で出勤しづらくなり、その次の短期派遣でも途中から出勤できなくなりました。
働かなければならないこともわかっていますし、働いたときにはよくお褒めの言葉もいただくので働くことが嫌いなわけでもありません。
ただ、家から出ることがとても苦痛です。
母がよく理解してくれており、実家にいながらお金を入れることもせず脛をかじる生活にも罪悪感を感じます。

日常生活で笑うこともありますし、美味しいものを食べて幸せを感じることもあります。
しかし、少しのことで悲しみのスイッチが入り、涙が溢れそうになります。
夜も寝付きが悪く、悲しいことばかり考えてしまい不安になっている時間のほうが多い気がします。
現在仕事は少しだけしていますが、休みがちで収入はあまりありません。
仕事を増やしたい気持ちはとてもあるのですが、休みがちになり辞めるというパターンがお決まりになっている中、新たに迷惑をかけることも怖いです。
今の仕事が日中に3時間程度であるため、他のお仕事との兼ね合いも難しいためになかなか踏ん切りがつかずにいます。

また、父親も不安定(通院して薬を飲んでいます)かつ逆らうことができない(逆らうと精神的なダメージが私に強く出る結果になる)ため、父親が明るくしている時もそうでないときも心が休まりません。
学生時代はほぼ単身赴任していたりしたこともあり、私の落ち込んでいる時期を直接見ていなかったり私のことにまで気が回らなかったりすることも関係があると思います。
父は自分にかまってほしい一心で私や母をつついたりします。決して暴力的ではないですが、しばらく違和感が残るくらいの強さです。
母も私もやめてと言いますが、本人としては大したことではないらしく、その程度のことなら大丈夫だと思っているようです。
眠いときや酔っている時に多く、一度泣きながら嫌だといったことも覚えていないと思います。その時も、あとから「怒られているときはしおらしく聞いておけば良い」と言うようなことを言っていました。
また話が通じないことも多く、つまらない話と切って捨てたり察してほしいことを私が察せないと怒ることもあります。
子供のようなものだから、感情を学び始めた(本当にそんな感じなんです)ばかりだから、となんとか自分を納得させてはいますが、なぜ私が、という気持ちとお金を出してもらっているのだからこの程度はしなければ、という気持ちがせめぎ合って苦しいです。
母もずっとこういったことが当たり前だと思っていたようで、最近になって「私が耐えられるからと言って何も言ってこなかった皺寄せがあなたにいってしまっている、申し訳ない」と謝られたりします。
母には沢山助けてもらったし、いつも味方でいてくれるのにそんなことを言わせてしまう自分にも嫌気が差します。
もう少し、私が強ければと思います。

自立して一人暮らしをすれば離れられ、ある程度解決することもわかっていますが、そうなるとまたお金のことで仕事の悩みが出てきて、毎日ぐるぐると考えてしまいます。
親に貰ってお金をかけてもらった身体を傷つけることはできないので自傷行為はしたことがありませんが、死にたい消えたいと考えることはよくあります。
最近は気圧変化や季節の変わり目の影響か、歩いているとき、寝ているとき、ほぼずっと死にたいです。
しかし母や兄弟にはに心配をかけたくないので言えません。
通院を再開しようかと考えています。

人にも環境にも恵まれているのに、こうやってすぐにしんどくなったりする自分が大嫌いです。

わかりやすく書きたいですが、色んなことが絡み合っていると思っているため、長文になってしまいました。
読んでくださって、ありがとうございました。