家族と将来のことです。
私の両親はいわゆる毒親であると思います。
姉はそんな両親に生活の面では反抗するように勉強の面では親の言うことを聞く良い子ちゃんとして成長し、私は反対に生活の面で良いこちゃん勉強の面では反抗するように育ってきました。
今思えば中学あたりから全力でなんでもできる日と病みすぎて全てを嫌う日の二つが2〜3ヶ月に一回のペースで訪れる感じだったのでした。

高校受験で初めて親と対立しました。
両親は勉強を第一に私は部活を第一にかんがえてました。そして必死に頼み込み条件をつけられて入学を許可されました。
その時の条件は三つ
1、テストで学年上位を取ること
2、大学に浪人せず入ること
3、親の入ってる宗教の勉強をすること(これは一切しなかった)

しかし、部活の忙しさと元々の苦手教科ってこともあり、理系が全くできませんでした。
そんなのでは学年上位に入ることもできず、親に日々怒鳴られてました。
そんなある日、中学から持ってた爆弾の腰の怪我が悪化し、部活が続けられないまでになりました。
2年生の夏に辞め、両親は私が勉強に打ち込むことを期待してたようですが、私は部活ができないことが辛くて辛くてとても勉強などはできませんでした。
この時くらいから全力でなんでもできる日と病みすぎて全てを嫌う日が1ヶ月に1回づつ来るようになりました。

ある時、大学に行く意味を考え始め、母親に大学行く意味を聞いた日がありました。
そうしたら母親に「何も考えなくていいからいい大学に行け」と泣きながら言われました。
しかし私はどうしても納得ができず、だんだん両親は世間的に見たら毒親と呼ばれる部類ではないか?と思い始め、この両親に借りをつくらず家を出ていく方法を模索し、防衛大学という一つの道を選びました。
しかし、それを明確に決めたのは試験の数ヶ月前、当然勉強が追いつくはずもなく落ちました。
その結果を聞いた両親にはお疲れ様の一言もなく罵倒されました。
私はその後の試験もうまくいかず、来週また別の大学の試験を受けますが、それもうまく行くことはないでしょう。
私は親に浪人したいと言う旨を伝えました。
父親は、「お前は今の高校の受験を許した時の条件を全て破るつもりだな。ふざけるな」と、怒鳴り。母親には「あんたは自衛官になりたいって言ってるけど、転職した時潰しが効かん。絶対に許さんぞ。」と言われ、姉には「お前は人から命令を受けて生きたいって言う性格がある。自分で考えることをしろ。」と言われました。

姉の言ってることは一見一理あるように見えますが、私は警察道場や部活動で先輩や先生の指示の通り行動し、家では親の機嫌を損ねないようなるべく親に同調して18年間生きてきたので、今までの人生を全て否定されたような気持ちになりました。
またその日は別の大学の入試前日かつ病み期がちょうどきていて、ただでさえ病んでいたのにそれを言われたことでわけがわからなくなり、全てがどうにでも良くなり、携帯の充電コードで首をつりました。
幸いにもと言うか不幸にもと言うか、突発的な行動だったため、しっかり結べておらず、すぐ解けて落ちました。
その後、紐の結び方を見て充電コードでは少し長さと耐荷重が足りないことを知り、
どこかにいい感じの紐は無いだろうか
親のネクタイを使うか
武道で使っていた紐を使うか
いっそタコ足配線で出来るだろうか?
吊る場所はどこにしようか
近くの公園に行こうか
家のクローゼットも大丈夫そうだな
などと、いろいろ考えてるうちに病み期がすぎ、自分が行動したこと、考えていたことが恐ろしくなり彼女や友人に相談しました。
人に心配されることというか
人が私に対し心配するのを嫌う私にとっては、本当に心配かけたのを申し訳なく思っています。
今1番怖いのは次の試験(最後の試験)が終わった後、発表が出て家族になんと言われるかです。
おそらく全て落ちてます。
今から億劫で家にいたくなくなります。
また、次の病み期で次こそしっかり首を吊ってしまうのでは無いかと思うと今から怖いです。

2/3
親とまた衝突し、思わず家を飛び出してしまいました。10kmほど歩き、私を見つけた友人家族に保護されました。