父が今年1月に亡くなり毎日後悔と涙の日々を送っております。
実家から私のマンションまでは列車とバスを乗り継いで1時間弱ぐらい離れています。
両親が温泉好きなため、10年以上前から毎年年末は温泉に連れていき、5年前から父の日も温泉に連れいて行き父とは年2回会っておりました。私の子供の頃から色々な所に連れていってくれて愛情深い父でしたが短気でいきなり怒り出したり手が出たり批判したりするので社会人になって別々に住むようになってからは、少し距離を置いていました。母は毎月1回私のマンションまで様子を見に来てくれ、父の様子を話してくれるためそれで満足していました。
去年父に動脈瘤が見つかり手術を勧められましたが父が頑強に断りました。私は失業してコロナで再就職が難しい中、就職活動で忙しく、心に余裕がありませんでしたが、去年は父を3回温泉に連れて行き、12月には露天風呂付きの旅館で一番いい部屋を予約したら大変喜んでくれました。年末は非常事態宣言が出ていたことと、1月初旬に面接が控えていたので実家には帰りませんでした。今年1月5日に心配して父が電話してきたのですが、いつもの批判的な口調だったため、不機嫌にだまったら「声が聞きたくて」と父は慌てて言ったものの、面接を控えて批判的なことを言われてすでに話す気を失っていたので「話は何?」と冷たく返すと父は「声が聞きたくて」と言って沈黙が続き、そのまま不機嫌に電話を終えました。しばらくして、母が心配して私のマンションを訪ねてくれたのですが、母が実家に戻ると父が亡くなっていました。即死だったので例え母がいても助からなかったとのことでしたが自分のせいだという思いは消えませんでした。
実家には年末に温泉に行くようになってからは一度も帰っていなかったため、父が亡くなり急いで戻ってみると家はだいぶ古くなっていました。温泉に連れて行ったり生活費を支援したりと経済的には親孝行をしてきたつもりでしたが年老いた両親を古い家に住ませ続け、一度も様子を伺いに行かなかったことが悔やまれました。動脈瘤が見つかり破裂したら助からないと言われていたのに、心配して電話をくれた父に冷たい対応をしたこと、心配かけて母を私のマンションに来させたこと、すべてが悔やまれます。毎日、年末帰れば良かった、電話で優しく話せば良かった、私が両親の様子を見に行くべきだったと繰り返し後悔し、涙が止まりません。失業してたのだから実家に帰ればもっと父のそばにいれたのに、失業なんて父を失うことにくらべれば大したことないのに優先順位を間違えた自分、経済的には両親を支えても精神的には両親に甘えていた自分が許せません。