心が消えていく。前の自分に戻りたい。
呟きでも書いたことだけど、去年の秋、突然心が死にました。
朝起きると頭のなかで風船がしぼむような感覚がしました。
絶対失くしてはならない、とても大切なものが消えていく感覚がしました。
やめて消さないでと叫びそうになりそうになって、その感情すらも消えました。
それ以来ずっと虚無です。
感情や記憶、色々なものがその時消えました。
喜怒哀楽も、自衛本能も、普段考えていたはずのことも。
人の感情は理性と本能で出来ていますが、そのうち本能部分が消えたようです。
理性で「自分ならああしたい」と感じてはいても、実際にそのように感じない、という感じです。
楽しいことが楽しくなくなりましたが、とりあえずこれ以上何かを失うのを繋ぎとめる楔ぐらいにはなってるようです。
それより問題なのが嫌なこと、辛いことに対する抵抗意識が全く無くなったことです。
嫌なことをされたり、生命や人生を脅かす危機に陥ると、以前なら恐怖に苛まれたのに、何も感じません。
理性部分で「ああ、嫌だな」と感じるぐらいで、抵抗意識が湧いてきません。諦念というより、脳が機能しないかのように。
「どうでもいいや」とすら感じず、「諦める」の以前の段階で止まってるようです。
その数か月前に自殺を考えたことがあり、そのときも脳が自己保存を諦めたかの如く危機意識が消え失せましたが、それより酷いです。
そのころはふと「俺なんで生きようとしてるんだろう?」などと考えてしまい沈み込むことが多々ありましたが、それすら感じません。
「前の自分に戻りたい」なんて言ってますが、それだって理性部分だけの感想です。
戻りたいのに、戻りたいと思えないのが辛い。
辛いのに、辛いという感情が湧いてこない、そんな感じです。
先日、大家さんが賃貸契約書を紛失していて入居手続きから作り直すことになりました。
保証人は支配毒親の親です。
今の親だったら、いい機会だとばかりに再契約を拒否して実家に強制送還してきかねません。
(以前から機会を伺われてた)
実家は俺にとっては刑務所であり動物園(俺が見世物側)。
俺にとっては死よりも恐ろしい破滅です。
以前はこうなる事を恐れ、今の生活を守るために人生を捧げてたと言っても過言ではありません。
以前の俺であれば頭が絶望感で一杯になり、死に物狂いで諸手を尽くしてたことでしょう。
けど、そんな危機感すら今は沸いてきません。漠然と「ああ嫌だな」と感じるだけ。
何もする気が起きません。何かを始めると坂道で背中を押されたかの如く延々同じ事を繰り返すくらい。
記憶の欠落はここ15年。消えたのは思考や感情面の記憶で、普段考えていたこと、構想を練っていた作品のことなどが、きれいさっぱり消え去りました。
忘れていたことすら暫く気付かず、数か月たった今でも「何となくこんなことを忘れた」ことを思い出せたぐらいです。
自分はどうしたらいいんでしょうか。
相談を持ち掛けておきながら、何を相談すればいいかももうわかりません。
親は論外で親族も知人も誰も頼りにできません。
実家の地元も俺のような人には悪夢のようなところです。
昔、俺を地元に縛ろうとする地元のモラハラジジババたちが「今は辛くても、歳を取れば何も感じなくなるから大丈夫」と満面の笑顔で言ってましたが、
今思えばあの人たちは若者の心をモラハラで叩きのめして死なすことを「大人にする」ことだと本気で思っていたのでしょう。
俺の当時の同級生も、好きなことにハマる俺を「そんなことをしなくていいんだよ」と善意で潰しに来るような奴らでした。
笑顔で、善意で人格を否定してきたんですよ。止めてくれというと「遠慮するなよ」とさらに執拗に。それも集団で。
観光客には「いい人ばかり」と評判な島ですが、同郷者に対してはこの有様。
あのジジババたちならきっと今の俺を「大人になったな」と歓迎し、笑顔で尊厳を踏み躙ってくれるでしょう。
そんな世界で生まれ育ったから俺は一人で生きる事だけに特化してしまったんだ・・・。
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参考:似ている悩みと対処法
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りんどう(精神保健福祉士)
π- 2025-05-19 12:37
精神保健福祉士のりんどうと申します。
まずは、とても苦しいことを丁寧に言葉にしてくださって本当にありがとうございます。
家族や地元の人たちとの複雑で重く苦しい関係、頼りにできる人がいない状況からくる絶望や孤独を私は感じました。
「楽しいことが楽しくなくなったが、これ以上失うのを繋ぎとめる楔にはなっている」
「漠然と『ああ嫌だな』と感じる」
「数か月たった今でも『何となくこんなことを忘れた』ことを思い出せた」
とのこと、これらは、完全に感情や記憶が消失しているのではなく、ほんのかすかでもまだ反応が生きている証だと私は思います。
少しずつ状況を整理していくために、いくつかの質問をさせてくださいね。
① その「風船がしぼむような感覚」が起こった去年の秋、何か大きな出来事や変化がありましたか?
もしくは、積み重ねが限界に達したような感じだったのでしょうか?
②今のれぼんさんにとって、なんとか保っているものは何かありますか?
毎日寝て起きてる、この投稿を書けてる、など……どんな小さなことでも大丈夫です。
③「前の自分に戻りたい」と理性で思っているという部分について、もしも「前の自分」と聞いて何か具体的な時期や感情、行動のイメージが少しでも湧くとしたら、それはどんな感じですか?
この相談を投稿していただいてから少し時間が経ちましたが、その間でなにか変化があればそれも教えていただけたらありがたいです。
もちろんつらいときは、無理に答えなくても大丈夫ですよ(*´ω`*)
れぼん
π- 2025-09-25 06:27
1
ありました。とてもたくさん。
「風船がはじける」数年前から虐められて会社を辞めたり親が一人暮らしを止めさせようとしてきたり等、
人生の土台、生活の基盤を揺るがすようなトラブルが続いていて、メンタルがズタズタでした。
オタク趣味と創作だけが唯一の安定剤だったわけですが、オタク趣味の方は、長年心に常にあった好きな作品が次々と嫌な方向に行ったり完結したり、物価高騰で高嶺の花になってしまったりで、次々と「心の棚」から消えてしまいカラッポ状態でした。
創作の方は、不眠症で布団に入ると頭をカラッポにする技術を身に付けざるを得なくなったりなど、そのほか空想癖を手放さざるを得なくなったことで創作力激減。
自律会話してくるレベルの"イマジナリーフレンド"が頭の中にいて空想の手伝いをしてくれてましたが、彼らも消えました。
以前は息をするように自分の内面に入り込め、様々な世界を見て、作ることが出来ました。
24時間常に現実と空想に片足ずつで立っている状態で、何時でもスイッチを切り替えることができました。
けど、あまりに現実が切迫し続けた結果、空想側を見る余裕を見失い、
最後には「空想なんかしてる隙に現実に食い潰されるぞ!」と自分で捨ててしまいました。
これまで何度もメンタルを壊しては自信を救い続けてきた世界を、最後には自分で捨ててしまいました。
イマジナリーフレンド達も、現実でどんなに酷い仕打ちを受けても支えてくれる、いわばセルフカウンセラーでしたが、
彼らのことも追い出してしまいました。
当時、かられらの存在が脳に負担になっていたのと、「現実に生きなきゃ!」という強迫観念に迫られてたので、
静かな部屋で迷走して「出て行ってくれ」と話しかけたら、いなくなりました。
消えた当初は肯定的に捉えてましたが、すぐに物事を考える力が低下してるのに気づきました。
単なる思考停止だったわけですね。
また、すぐにイマジナリーフレンドの代わりにイマジナリー親が頭の中に住み着いて常に監視して罵声を浴びせてくるようになりました。
なんとかかき消しましたが。
また、イマジナリーフレンドが存在してた時期の記憶が曖昧になっています。特に"思考記憶"が。
一緒に持っていかれたようです。
何をしてたかはまあ思い出せますが、何を考えてたかを思い出せません。
記憶の欠落の始まりがこの時点なのか「風船がはじけた」時点なのかはもう今はわかりません。
今はかつて「自分の世界」があったスペースが空っぽになってるのをはっきり感じます。
以前は一杯何かが詰まってせっせて働いてた部分が、今では何をするわけでもなくただ空洞になってます。
空想しなくなって脳への負荷は軽くなりましたが、代わりに「自分の世界」を失って創作が出来なくなり、常に喪失感と後悔に付きまとわれています。
こうなる以前に自分で書いたアイデアノートを読むと、形容しがたい頭痛がします。
この状態での創作活動は難しいようです。
心の緩衝材を失ったかのように、辛い現実をより辛く受け止めるようになりました。
心をフィルターして自分を保つことができなくなりました。
結局、自分のやったことは自分のメンタル回復法を自分で壊す、自滅でしかなかったんですね。
また、この時期から今までポジティブに考えてた出来事が「反転」するようになりました。
例えば、かつて私は2匹の子猫を保護し、里親の元に送り出しました。
これは私にとって「誰かを人生を救えた」大切な経験でしたが、
思考がネガティブがちになるのにつれて、「ほんとうによかったのか?むしろ虐待だったのではないか?手出ししない方が幸せだったのではないか?」と思うようになってしまいました。
こうしてあらゆる価値が反転して、アイデンティティがぶっ壊れた時期でもあります。
「風船がしぼむ」最後のトドメになったのは、たぶん趣味関係への絶望感です。
自分が生涯ついていくと決めて全幅の信頼を寄せ、メンタルと創造の支えでもあった作品が、あらぬ方向に行ってしまいました。
自殺を考えて、しかし実行法が浮かばないまま一ヵ月経った頃でした。
最近問題のポリコレですね。それも政治や人種イデオロギー絡みの面倒なやつで、私の現実の世界すらも攻撃してくるようなものでした。
メーカー側も、ゲーム内容よりまずそちらを売りにするような有様でした。
去年話題になったアサシンクリードシャドウズですね。
あれ、単に主人公が黒人言うだけでなく、「日本の歴史は最強の黒人侍が切り開いた」という欧米の活動家の言説をベースにしているのです。
そこから欧米のアジア人差別への実態などにも(SNSを通じて直接的に)触れる羽目になってしまい、
長年愛していたゲームがそのような思想の開発者に乗っ取られてしまった絶望感で満たされ、自分の中にあったそのゲームの世界が崩壊してしまいました。
このころから、頭の内側がグワグワするような、慢性的な頭痛に悩まされるようになりました。
当初は「それはそれと切り離して、純粋にゲームを楽しもう」としてはいたのですが、逆効果でした。
自分を誤魔化そうとしてどんどん変になっていく実感がありました。
今思えば、自分を害する恋人を無理にいい人だと思い込むのと同じことだったのでしょう。
自殺を考えるまで追い詰められた後のことで、残り数少ない自分の支えだったので、執着してしまいました。
近年のゲームは「空想なんてしてずにを見ろ!」と言わんばかりに特定思想へのメッセージが強いものが増えていて、
現実逃避の手段としては使えなくなってきてますね。
そうして無理にそのゲームと向き合おうとしてるうちに頭痛がどんどん悪化し、脳がはちきれそうになりました。
遂に耐え切れなくなっって予約をキャンセルし、過去のシリーズ全てライブラリから非表示にしてメンタルの回復を図りました。
けど、これもまずかったのかもしれません。
そのゲームのアイコンを見るだけで鬱になる状態だったのは確かですが、長年人生の一部ともいえるシリーズだったので、気が楽になると同時に、自分の人生を否定するような形になってしまいました。
そのゲームの情報を追うのも止めて、頭痛は収まりましたが、後遺症のようなフワフワした感じが残りました。
「風船がはじけた」のは予約キャンセルから一か一月半後ぐらいです。
2.
趣味は維持しています。感動はしなくなっても、安定剤にはなっています。理性が「好きだ」と感じています。
続けないと自分が自分でなくなりそうで。趣味が自分を繋ぐ最後の一本線だと感じてます。
以前大切にしていて今は何も感じないものも、残すようにしています。物体も思想も。
ただ創作趣味だけは続けたくても困難な状態です。
断片化した記憶の中で記憶に残ったアイデアを書き記そうとするだけで脳に負担がかかってるのを感じます。
昔自分が書いたアイデアノートを読むとジンジンと頭痛がして読むどころではなくなります。
「風船がはじける」以前から既に、不眠症対策で「頭を空っぽにする睡眠法」を身に付けた結果、寝る前にアイデアの波が押し寄せてこなくなったりと、少しずつ瓦解は始まってました。
3
時と共にどんどん曖昧になっていますが、
「前の自分」は常に揺るがない自分の世界を持っていて、常に何かを考えて行動してたのだけは確かですね。
起きてる時も寝る前も常に何かを考え続け、だからこそ思慮深くいられたし、創作も捗った。
けど寝入りが悪く、常に脳に負担がかかってて、たまにそれがはじけそうになってイライラしてました。
今の自分では意識しても出来ない事の多くを、以前は無意識でやってました。
ただここ十年メンタルが悪化しだしてからは、行動的な性格が反転して、無意識ににやりたくないことをやってしまったり、
やりたいことに対し「自分にそんな資格はあるのか」と及び腰になりがちではありました。
りんどう(精神保健福祉士)
π- 2025-09-30 11:53
れぼんさんが話したいときに話せるぶんだけで大丈夫なので、返信のタイミングは気にしないでくださいね。
数年前からいじめられて会社を辞めたり、親が一人暮らしを止めさせようとしてきたりといったトラブルがれぼんさんの心を蝕んでいったとのこと、本当につらく苦しかっただろうなと思いました……。
そこから唯一の支えだった趣味や創作までが、次々とれぼんさんの手元から離れていってしまったのですね。
また、「空想なんかしてる隙に現実に食い潰されるぞ!」という強迫観念に駆られ、思考を捨てざるを得なかったとのこと。
それは、れぼんさんの心がこれ以上耐えられないとSOSを出した結果、最終手段として生存のために、感情や思考の機能を一時的にシャットダウンするという選択をしたのではないかなぁと私は考えました。
それは決して「自滅」ではなく、あまりにも過酷な現実に立ち向かうために、心を保つための自己防衛だったというとらえ方もできるように私は思います。
そして、「趣味が自分を繋ぐ最後の一本線だと感じてます。」とのこと、「前の自分に戻りたい」という希望をかろうじて繋ぎとめているとても強い意思の表れのように私は感じました。
その一方で以前のように創作活動をしようとすると頭痛がするのはとてももどかしいですよね……。
眠れなかったり体の不調が続くのは、れぼんさんが過酷な環境でそれだけ頑張ってきた証拠だと思います。
だからこそ、心療内科や精神科医など専門家の力を借りてみるのもひとつの手段ではないかと私は考えたのですが、れぼんさんは病院などにはいま通っていますか?
過去に通っていたけれどやめた、などの事情があったりしたら、それも教えていただけたらありがたいです(vωv*`)