生きるのが苦しいです。
もお何もかもが嫌になって死のうと何度も思った。私にはずっと理性があってなかなか死ぬ事は出来なかった。だから苦しかろうが生きていくしか無かった。
頑張って頑張って頑張って、
身体も心もボロボロになって、
環境を変えようと入院を検討したいと、病院を変えることになった。すぐには変えられず、その間に正気になった頃、アルバイトが見つかって受かって働くことになった。
私がほかで働ける場所はここ以外無い。
そう思いながらどんなに辛かろうが奮い立たせて頑張った。
働くことは楽しかった。生きた心地がしたから。
自然と笑顔になれる機会もあったから。
お金が貰えて、推し活も楽しんだ。
でも、やっぱり簡単には続けられなかった。
私なりに精一杯頑張った。
オープンから出勤する日に毎回課題が出されて何とか乗り越えるのに精一杯で、
ただがむしゃらに頑張った。
そんなある日に飼っていた猫の体調が悪い事に気づいた、ただの夏バテかと思った。
数日経つと餌を全く食べなくなった。動きも鈍くなった。おかしい。病院に連れていくと末期の腎不全だった。「1週間、生きられるか分からない。」突然過ぎて理解できなくて、でも血液検査の結果や、猫の体調は目に見えて悪いのは分かって…私にしか懐いてない猫だったから、バイトも急遽無期限で休んで付きっきりで介抱した。
不安でフローリングの上に直に寝たり、睡眠も食事も取らずずっと傍に居た。
病院に毎日通って点滴をしてもらって…
それでも回復は厳しいからと、点滴を続けるか、止めるか、選ぶ時が来た。すごく迷った。
本当なら迷わず点滴を続けてできる限り長生きして欲しい…でも、臆病な子だから身体が弱っても病院に行く時はしんどいのに鳴いてた、それが私には辛そうに感じた。それを続けて病院で最期を迎えることもさせたくなかった。
実家でずっと暮らしながらも、私だけにしか最後まで心を許さなかった子だから、最後くらい家で心穏やかにいて欲しかった。
だから点滴を止めるのは死に近づく事に変わりは無いから、言えなかった。
親に「間違ってないよね?」そう聞いた。
どっちを選んでも間違いなんかじゃない。
そうなだめられて、病院に行くのをやめた。
それからずっとそばに居た。離れなかった。
猫もわかってたのか、膝の上に乗せても大人しく眠ってた。
9/6午前4時急変して、名前を必死に呼びかけながら私の手の中で苦しい呼吸ながらに最期まで必死に生きて旅立ちました。
異変に気づいて、1週間後に病院へ行ってその一週間後に空へ旅立って…あっという間でした。
12歳まだまだ若いのに、臆病な性格も相まって気づいてあげられなかった。
ずっと悔しくて、私は悪くないとみんなに言われてもやっぱり責めて…苦しかったです。
猫を看取って数時間後私は東京へ夜行バスに乗って向かいました。1ヶ月前に行くと決めたイベントのため。
なぜ事タイミングで、と 何度も行くのをやめようか迷いました。それでも背中を押され泣きながら準備して向かいました。バスの中では1人すすり泣き、疲労もあったのですぐに眠りました。
心は寂しいままながら、東京という知らない土地でイベントを必死に楽しみました。
その後2.3日空けてから、アルバイトの方に復帰しました。希望日数よりも多い出勤。
毎回求められる要求。それにも慣れてきた頃、
来月のシフトを決める時に今より私が出来ることを増やすためにシフト時間を1時間伸ばすのはどうかと連絡が来ました。
元から言われていた事でもあったので、私自身の成長の為にも逃げたくないと思い、
希望で出された日数の半分だけ、体調面を考慮して増やす形でお願いしますと伝えました。
そうすると、「これ以上体調面を考慮し続けるとなると、踏ん切りをつけて頑張るか、やめるか判断しないとな。」っと連絡が来ました。
シフトを管理している店長には、
私が不安障害である事を前に伝えた事はありました。ですが、その上でそう言われた時、今まで私なりに頑張ったものは何だったのか…
頭が真っ白になり、またベランダにふらっと出ては柵に座って星空を眺めて飛び降りて死にたいと思いました。落ちたところで2階からなのでどうにもならない事は頭にあったので落ちることもなく、泣きながら笑って狭いベランダでふらふら踊ってました。柵に座って星空を眺めて死にたいと願っていた時、ハッキリと鮮明な流れ星が流れました。
その時亡くなった猫にそこに座ってないで早く部屋に戻ってって言われてる気がして、
気づけば1時間ベランダにいた事も忘れて泣きながら部屋に戻りました。
次の日、バイトへ向かいながら今日付けで辞めさせ下さいと連絡しました。
オープン前から2.3ヶ月それなりに頑張ったつもりでしたが、冷たいもので、「了解した。」だだそれだけの返信で、その日も変わらず普通に仕事して終わりました。お給料が手渡しだったので、貰ってない日の分はどうなるのか…さっぱり分かりませんが…最終日終わってから代表の方にお疲れ様ですと挨拶を2回しても無視されたので、
やっぱり辞めてよかったと今は思っています。
お店はすごく居心地が良くて好きだったんですけれどね…
また仕事を失いなんにも無い日々が始まりました。
ただ私は普通に稼いで好きな事をして、それなりに普通に暮らしたい。
お金持ちになりたい訳じゃない。
ただ、普通に。暮らしたい。
バイトを辞めたばかりで、今はまだ休息中という心で居てますが、またいつ荒れて腕の傷跡が増えるのか、正直怖いです。
病院も変わり医大の方へ通うことになり、
そこで先生とお話をした時、私はネグレクトを受けて育ちその影響で病気になったのだと思い知らされました。
学校に行けていたら、私の人生は違っていた。
そう思っていましたが…
この両親の元に産まれた限り、私の人生に精神疾患がついてこない人生は無いのだと思うと、
全てがどうでも良く感じる日々です。
生きる事を辞められたら。
私の命を生きたいと願う人に分けてあげられたら。どんなにいいだろう。
コメントを投稿
参考:似ている悩みと対処法
ココオルに無料登録して、いまの気持ちをどんどんつぶやいてね!
ココオルユーザーの方は、ログインして利用してね!
メールアドレスでログイン twitterでログイン
