今も同じ会社に勤めています。
田舎の会社です。
僕は、この土地の生まれではありません。
会社の中では一人だけよそ者です。

十数年前に、会社で、

「お前は親が離婚しているから人間の価値がない」

結婚の話題になったら「身内の負担(姉に障害があります)を他人に背負わせるのか」

何かあれば、「お前の存在が自分達にそう言わせてる、お前が悪い」

最後は、
「お前はそういうやつか」
と常にに人格を決めつけられました。

反論すれば、
「お前は、そういうやつだ。そうじゃないなら物理的証拠をもってこい」

この人達は、感情が安定しませんでした。
周りも、この人達の顔色を伺うばかりで表面上は仲が良く理解し合ってる感じでした。
社長も、上司も、先輩も、同僚も、後輩も。
同じです。

この人達に限らず、そもそもこういう土地柄だそうです。

この土地の人を信用する奴はバカだ。
地元の人自らそう言っています。

挨拶がわりに嫌味をいい、常にねたみ、常に悪者にできそうな人を探し、自分にとって良い人であればなんでも許す。仕事ができなくても、仕事中酒を飲んでいても、差別的発言をしても、サボりたくて駄々こねても、自分たちの認めた「良い人」であればすべて良し。
そのために悪い人を作る。なんとしても。
ただし、自分が悪くなりそうならばすがってくる。そんな土地に25年以上住んでいます。

言いつづけた中心人物数名は、全員退社しています。離婚をし、彼女とトラブルになったり、上司と剃りが合わなくなったり、理由は、いろいろです。

それでも、あの空気感は残っています。

他人が怖いです。信用するのが怖いです。
何かすると、悪者扱いされそうで怖いです。
この先、誰からも自分の解決できない事柄で人格を決めつけられるのではないか、怖いです。

会社を辞めたい、でも、また繰り返すのか、どこへ行っても同じじゃないか。同じ考えがぐるぐる回っています。

この思考を断ち切りたいです。

それと、

バツイチの人は、
「人生経験が豊か」
「恋愛ランクが上の人」
「失敗を糧に頑張ってる人」
「話題の人」

親が離婚した人は、
「なにかが足りなくなった人」
「カタログ落ちした人」
「適当にスルーしとく人」
「なんとなく面倒くさいひと」

日本では、親が離婚した人=親ガチャ失敗した人=標準以下の人。

それが当たり前です。

ですが、死ぬまで向き合うしかないですか。
バツイチは、許されるのに。
不倫は、許されるのに。
差別は、許されるのに。

周りには、身内に障害者がいて、親が離婚した人はいません。

相談できる人がいません。